小池塾

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中学3年生夏期講習

  • 2020年7月29日
小池塾の中学3年年生の夏期講習が23日から始まりました。例年ですと中学校の終業式翌日から開始しますが、本年は新コロナの影響により祝日や週末の休日も使って実施することになりました。 基礎がしっかり身についていないとスムーズに受験勉強が進まないので、夏期講習の前半では基礎力を身に付けるために、中学1年生の内容からしっかり復習しています。小池塾の夏期講習は1日6時間30分と長いのは、5教科をしっかり復習して実力をつけるためにはどうしてもこの時間が必要だからです。6時間30分といえば東京ーハワイの飛行時間に匹敵するので、ちょっとストレッチを入れたりして気分転換をしています。例年の夏期講習後に行われる新潟県統一模試では、前回の模試より100点位点数を上げる生徒もいます。夏の終わりには生徒の顔もすっかり受験生になって、みんな成長したな!と例年感じて、お母さんのように嬉しくなります。この受験生としての自覚をどうにか3月まで持続させていくために、ビシっとさせたり笑ったり試行錯誤をしながら指導していきます。 今年はみんながニコニコ夏期講習を受講できるのが目標です!
目標に向かって皆さんがんばりましょうね!!!

バブル景気

  • 2020年7月17日
アメリカから帰国した頃から、バブル景気で日本中が華やかに賑わっていました。この私もバブル景気の恩恵にあずかり、春と秋は通訳や国際会議の事務局の仕事を 夏と冬は外資系の金融会社で仕事をしていました。 特に印象に残っている仕事はOBサミットの事務局です。OBサミットは、元福田首相が主催され各国首脳が東京と箱根の会議に参加されました。その後外務省で開かれた南極会議の事務局でお仕事させていただき、南極観測船しらせの見学にも同行いたしました。通訳としては、国際会議にいらっしゃったスピーカーのアテンドや展示会の通訳を中心に、少しずつレベルアップしていきました。その中でも通訳として2回の海外出張に行きました。1回目はフロリダで開催された会議に、お客様と一緒に東京からビジネスクラスで同行し、2回目はハワイのオアフ島に奥様のアテンドで行きました。バブルのお陰で、20代の私には贅沢すぎる贅沢を経験をさせていただきました。また、外資系の金融会社の仕事では 投資銀行のMERRILL RINCHの受付やCITY CORPの秘書のアシスタントをしました。バブル景気の真っ只中で仕事をできたことは、幸運であり大変貴重な経験になったと思います。

米国本土

  • 2020年7月14日
つくば博が終わった後 年が明けてから一度も訪れたことがなかったアメリカ本土へ旅立つことにしました。ネイティブの英語にどっぷり浸るためにサンフランシスコに1ヶ月間ホームステイをしました。奥様が英語の先生のご家庭に滞在し、昼間は彼女と一緒に学校へ行きその後はお買い物をしたりご友人の家にお招きいただいたり、大変有意義な時間を過ごすことができました。それまでは英語=勉強でしたので、英語がコミュニケーションの道具だと実感できたのは嬉しかったです。その後2週間ロサンゼルスの親戚に滞在した後、1人でサンディエゴに向かいました。サンディエゴでは広大なシーワールドのシャチのショーの迫力に感激し、南カリフォルニアの燦燦と照りつける太陽の下でマルガリータを飲みながら、満足感で涙したのを覚えています。その後は飛行機でラスベガス、そしてバスでグランドキャニオンに向かいました。グランドキャニオンでは自然の壮大な景色に圧倒されアメリカの大きさを実感しました。LAでユニバーサルスタジオ(まだ日本にはUSJはなかった)を見学して日本に戻ってきました。2ヶ月間毎日が幸運の連続で大変有意義な時間を過ごすことができ、英語を勉強してきて本当に良かったと感じました。生徒には英語が話せるようになると個人旅行を楽しむことができようようになりますよ。と伝えています。

つくば科学万博

  • 2020年7月4日
通訳として最初の頃は国際会議のGENERAL INFORMATION や展示会の仕事をしていました。半年が過ぎた頃筑波科学万博の三和銀行(現在は三菱UFJ銀行)グループのみどり館で英語ができるコンパニオンとして働くことが決まりました。 2ヶ月の訓練のあと1985年3月16日から9月16日までの184日間の長丁場でした。大手町の三和銀行本社で行われた訓練では、お客様のへの接遇やVIP対応そして手話などを学びました。筑波の会場のパビリオンの中では、何百人も入るシアターでマイクを使わずにナレーションをする訓練があり、これは現在塾ではっきり生徒に伝えるという点で大変役立っています。一番印象に残っておりますのは、生物学者でいらっしゃった昭和天皇がみどり館をご訪問してくださったことです。昭和天皇のお姿は後光が指して神様のように私の目には映りました。コンパニオンとしての仕事は単調でしたが、毎日会場まで通うバスの中で次の仕事に向けJAPAN TIMESを読んでは、親友のMIKIちゃんと未来を語っていました。東京で有能な社長秘書をしている彼女とは、今でも仕事のことが話せる大親友です。昨年久しぶりに東京でみどり館のコンパニオンの同窓会があり、皆と楽しい時間を過ごしました。

To be continued
通訳学校に1年位通いました頃、友人からJCS(日本コンベンションサービス)で働いていました友人から通訳部に登録したらどうですか。と言われ怖い物知らずの私はJCSの通訳部の試験を受けに行きました。 JCSは今では国際会議や国内の学術会議の日本でトップの運営会社です。私の実力では到底合格できないと思っていましたところ見事採用通知をいただき嬉しかったのですが、実力不足の私はとても不安でいっぱいでした。通訳部に登録させていただいて最初の仕事は、新宿の京王プラザホテルで開かれた「細胞生物学会」という国際会議のGENERAL INFORMATION(外国人に向けてのご案内係り)でした。そこで初めて先輩の通訳者の仕事を見た私は、この仕事がしたいと身体に衝撃が走りました。ただ周りにいらっっしゃる通訳者の方は帰国子女や留学経験者で、私のような国産の通訳者はいませんでした。数年経ってから通訳部のスタッフの方になぜ私が採用されたかお聞きしましたら、「履歴書の写真がいい子そうだったから」という返事に唖然としました。今ではそんな事では通訳者にはなれないのであしからず。しかし、レセプションができる通訳者を目指して昼間は仕事、夜は通訳学校と夢に向かって走り始めました。

続きをお楽しみに
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